炎の妃を奪還せよ
                〜 砂漠の王と氷の后より
 



念のためにとの最後の用心をし、
陽が落ちるまではと、潜入した館にて息をひそめて過ごすことにし。
黄昏の迫る頃合いになってから、
小さな手持ちランプを灯すと、それもまた教えてもらっていた手順、
地下にあった隠し通路を通って、一路、丘の上の王宮へとどんどん登る。
大理石のふんだんに使われた宮の回廊に出た途端、
政務用の執務宮と妃らの住まう後宮との間に、
ジャングルのような森があったのへと迷い込み、
小一時間ほど出口が判らず往生させられたし。
あまりに広い建物なので、
迷路のようだと廊下の途中でも迷子にもなりかけもした。
そこはやはり、覇王の妃らという、替え難い至宝を預かる後宮、

 “きっと賊を惑わすための、変わった仕掛けを施してでもいるのだろう。”

そっちの覚えは、
建設家にも王にも…きっと欠片ほどもなかっただろうが、
(苦笑)
隙のない警戒の眸を光らせる女傑は、わざわざと何人も詰めさせておいでで。

 「………っ。」

とはいえ、
王妃様たちの憩いへまでも、きゅうきゅうとした監視の陰を落とさぬようにか。
がんじがらめの厳重な守りということではないらしく。
見回りの間隔も随分とゆるやかで、
向こうからやって来る灯火を見つけては、
曲がり角に身を寄せやり過ごすこと数十回…ではありながらも。
何とか見つからずに済んでおり。

 “…覇王というのは伊達ではない、か。”

それは人性もよく、仁に厚いと民に支持されている賢王で。
掌握している領地が広ければ広いほど、
土地や民族により大きく異なりもする風習や宗教の差異を、
無理から統一しようとはせずにおくため、
属領扱いにする“同盟”を結ぶだけという策を取るほどに、
なんびとへも懐ろの深い領主でもあり。
現今の代だけ豊かならそれでいいと、
強引なことを強いたり、
自分の居回りの土地だけ潤えばいいとしたりする、
その場しのぎのことにばかり才の長けた君主・主上も多い中。
この国の覇王は、
何代もかかろう問題にも腰を据えて取り掛かる意欲もつ、
許容ある男でもあるとも聞いている。だが、

 “それでも、だが。
  非力な姫を攫ったことだけは許せんっ。”

覇王カンベエ、結構な年齢の壮年だとも聞く。
正妃として迎えた第一妃のシチロージさまという、
それは美しい絶世の美姫を抱えておりながら。
第二妃には 西の博学な姫を、
婚約話が進んでいたにも関わらず、やはり力づくで横取りしておきながら。

  ―― 高貴にして純潔無垢な、
     我らが希望の姫までその手中にしようとは

神聖で気高い姫を、
これ以上、脂ぎった壮年の思うままにさせるものかと、
もう何度目かも数え切れぬほどの決意も新たに。
何度か通り過ぎた曲がり角、
しまったしまったと逆へ折れ、
やっとのことで辿り着いたのは、
美しい宝石で象眼された枠に縁取られた、見るからに特別な戸口であり。
砂漠には常識、
風の通りを優先し、扉なぞないその刳り貫きをそろりと覗けば、
砂よけと陽よけの更紗の幕が下ろされた部屋の中、
窓辺近くに立つすらりとした人影が見える。

 「…っ。」

実際にお逢いするなど以っての外だし、
似顔や姿絵も、宗教上 描いてはならぬとされているお国柄。
それでも……噂に聞いていたのが、
綿毛のように軽やかな金の髪と、しなやか嫋やかな細っこい御身の麗しさ。
天の世界に住むという、精霊もかくやとの儚げなお人、
そんなお噂を、胸へと浮かべ直しつつ、

 「…姫?」

こそりと足を進めつつ、小さなお声をかけたのは、
覇王との睦みは、王の寝室まで呼び出されてのことと訊いていたから。
そうであれば誰もいないはずで、
そうでない晩ならば、妃の部屋には……

 「誰だ。」

噂に聞いていた通りの、白皙の美貌を月光に照り輝かせて。
紅色を基調とした、絹の内着に更紗のトーガをまとう
うら若き姫がたった一人で、そこには立っているではないか。
足元までもを覆う裾長の華やかなドレスは、その痩躯をほのかに透かし。
お顔の下半分を唐渡りの厚絹のヴェールで覆いつつも、
紅色の双眸の、曇りのない美しさは比類なく。
何より、頭を覆うヒジュラさえ押し上げる、
ふんわりした髪の軽やかさはどうだろう。
立ち居から滲む凛とした気品も含め、ご本人に間違いないと感極まりつつも、

 「姫ですね? キュウゾウ姫、お迎えにまい r 」

言上申し上げながら、勢いよく駆け寄りかかったところ、
そのベクトルへと真っ向から衝突するよに襲い掛かったのが、

 「………遅いっっ!」

小さな拳ではあったが、腰も入っていてのなかなか芯の強い代物、
そちらもまた勢いのいいまま突き出された正拳を、
お顔の真ん中に食らってしまい、

 「うわあぁっ?!」

選りにもよって、その人影に殴り飛ばされていては世話はなく。
結構なカウンターに真っ直ぐ後方へ吹っ飛ばされた お若いの。
石の床へ尻餅をついたそのまま呆然としておれば、
助けに来たはずの相手が つかつかつかとそれは凛々しくも歩み寄って来て、
勢いも殺さぬまま、踏み潰すんじゃないかというほどまで近づくと、
片方の足にて跨ぎかけたところで ひたりと止まる。
ぎりぎり覆いかぶさるようになった真上から、
こちらを見下ろして来たお顔はやはり、ヴェールが邪魔で良くは見えなんだものの。
その上から覗いていた切れ長の双眸が、ギランと鋭く光ったようにも見えて。

 「ひ、姫?」

捕らわれの姫、
悲劇の妃という印象だけを抱いて来た、イブキとやらにしてみれば、
悲しみに打ちひしがれて泣いてばかりいるか弱き美女を想定していただけに、
この落差はあまりに大きかったものの、

 「ったく、何日かかっておるか。」
 「は、はいっ!?」
 「コトがこちらに露見してからでも1週間は経っておるわっ!」

鼻息荒くとは正にこのこと、
怒鳴りつけられてますますキョトンとする、
侵入者のお耳に届いたのが、

 「キュウゾウ殿、キュウゾウ殿。」

姫が、いやさ妃が宮中で賊を相手にご乱心は外聞が悪いと。
金髪紅眼のうら若き第三妃が、堅く握ったぐうの拳ごと、
彼女の気勢を押さえ込んでの、どうどうどうと宥めやるのが赤毛の第二妃なら、

 「一体どなたに何を吹き込まれたかも、既に明らか。
  そちらの一味、間者らの残党も、
  数日ほど前にきっちりお縄にしておりますわ。」

いつの間においでになられたか、
うふふと嫋やかに笑いつつ、
結構 物騒なお言いようをお並べになったのが。
こちら様も、ここいらの地には珍しい、
青空のような澄んだ双眸をなさったお妃様で。
たとえ目下が相手でも、殿方へみだりに姿をさらしてはならぬため、
きっちりとまとめた髪はヴェールにくるんで隠しておいでだが、
純金をそのまま丁寧に絲に紡いだかのような、
つややかな金の髪をしておいでのお妃様と聞けば、
こちらが第一妃様だというのはすぐにも判ったはずであり。
やんわりと目許を細めて小首を傾げれば、
細い手首や首元へと飾られた金の装飾品が、しゃらしゃらと涼しい音を立て。
そんな立派な装いから、単なる女官ではないことは知れたが、

 「えっと、あのその。////////」

キュウゾウ様以外は どちらも心当たりのないお人たち。
殊に、後からお見えになられたご婦人のほうは、
話しようからそれはそれは品のある、理知的な女性だと察せられ、
不満げにまなじり吊り上げていたキュウゾウ妃が、
その女性に視線を送られると、何とはなく大人しくなったのも判ったけれど。

  “どんな階位の御方なんだろうか。”

正に匂い立つような、なよやかな嫋やかな女性らしい美しさをたたえつつ、
だのに、こちらを見据える眼差しの鋭さには威容がみなぎり、
座り込んだままでいた青年を戸惑わせるばかりだった正妃様。
余程に純心だった彼なのか、
恐らく反覇王派の何者かから、
後宮へ忍び込む不審者の担当を割り振られていたらしいことへさえ、
まだ気づかぬままでいるらしく。

 『何でまた、そんな不埒な侵入者、
  ご自分たちで捕らえようとなさったんですか。』

これへばかりは、あの忠義者のシノでさえ、
叱咤半分、間違いがあったならどうしていましたかと、
恐れながらも箴言を言上しまったほどのこと。


  もしかして、ずっと後の時代の東亜の一角に、
  お転婆な女学生として生まれ直しておいでの
  皆様となられるわけじゃあ…………ありませんよね? ね?





   〜Fine〜  11.08.26.〜08.29.


  *何だか 〆めが取り留めなくってすいません。
   大義を抱え、お妃様を攫いに来ちゃった……大勘違い野郎のお話でした。
   よっぽどお暇なお妃様たちだったと思われます。
(こらこら)
   一番書きたかったのは、当然、
   キュウゾウさんが、せっかく助け出しに来たイブキくんを
   “遅いっ!”と張り倒したところです。
   彼以外の関係者は全員とっくに逮捕されており、
   選りに選って、実行犯がなかなか現れなんだワケですね。
(笑)
   何てマイペースなお人かと、微妙な伝説になりそうです。
   国費留学生だったら、ヒョウゴさんからも叱り飛ばされるんでしょうね。


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